[讃美歌]490,361、441、
[交読詩編]1:1~6、
本日は、永眠者記念礼拝です。キリストを信じる信仰を持って、み国へ召された方たちを偲ぶ時です。それに相応しい説教ができるように、と願っております。
前主日は、50周年記念行事のため、役員会から主日礼拝はなんとしても11時30分には終わらせたい、と要請されました。それにお応えして、説教も短くしました。申し訳ありませんが本日は、のんびりと、御霊が語らせるままに、委ねて語らせていただきます。
ただ、説教テキストは、34節までと致します。
ここには三つのことが語られています。
貪欲13~21節、心配22~32節、簡素な生活の勧め33~34節、
群衆の中のある人物、遺産相続に関して悩んでいたようです。
遺産相続、財産分与に関する定めは、わずかですが旧約にあります。
〔民数27:1~11〕、27:8あなたはイスラエルの人々に言いなさい、『もし人が死んで、男の子がない時は、その嗣業を娘に渡さなければならない。
27:9もしまた娘もない時は、その嗣業を兄弟に与えなければならない。
27:10もし兄弟もない時は、その嗣業を父の兄弟に与えなければならない。
27:11もしまた父に兄弟がない時は、その氏族のうちで彼に最も近い親族にその嗣業を与えて所有させなければならない』。主がモーセに命じられたようにイスラエルの人々は、これをおきての定めとしなければならない」。
〔申命21:15~17〕、21:15人がふたりの妻をもち、そのひとりは愛する者、ひとりは気にいらない者であって、その愛する者と気にいらない者のふたりが、ともに男の子を産み、もしその長子が、気にいらない女の産んだ者である時は、
21:16その子たちに自分の財産を継がせる時、気にいらない女の産んだ長子をさしおいて、愛する女の産んだ子を長子とすることはできない。
21:17必ずその気にいらない者の産んだ子が長子であることを認め、自分の財産を分ける時には、これに二倍の分け前を与えなければならない。これは自分の力の初めであって、長子の特権を持っているからである。
定めがあっても、これは弟の考え或いは求めに沿うものではなかったようです。
当時、財産の分与などは、律法の学者が裁定する習慣だったようです。しかしこの男は、学者以上に財産を公平に分けるように指導できる精神をイエスの中に見出したのでしょう。
律法の表面ではなく、その内奥に分け入って、公平に導くことです。
財産は神から与えられたもの。ただし十二部族単位で与えられた嗣業があります。
これは絶えず部族内に留めることが求められてきました。
一般的に言えば、遺産相続は、独立できる長男には薄く、と言うのは末子相続法。
たいていは、長子が多くを相続します。これはその財産が他部族・他家などに流出しないように考えられています。
息子がいない場合、娘に分与されるが、結婚によって他部族に流出しないように条件付けられました。家付き娘となり、入り婿の形を必須としたものです。
モーセの律法には、遺産相続法或いは財産分与に関わる定めが少ない。考えてみました。
イスラエルの財産は土地所有でした。分割相続は、繰り返されると、そのたびに細くなり力が弱くなります。時代によって方法を変えたほうが、神の民を強く保てると考えたのではないでしょうか。融通性を求めて、イスラエルは律法学者による裁定という形を決めました。多くの人が納得した方法にも反対する人はいます。自分にとって不利益が生じる、となれば、益を与えてくれる分割法を、或いは裁定者を、求めるものです。
イエスは、このような財産分割を裁定するためにこの世界内に来られたのではありません。
まことの命に関わるためです。そこで、いのちと財産に関する譬を話されます。
一人の金持ち,彼はこれまで満足を知らなかった。不満足は不安のもと。
ようやく大豊作。従来の倉庫に入りきらない。壊して新しい倉を作り、其処に財産も穀物もみな納め、自分に言い聞かせよう。「さあ、これから先何年も生きていくだけの蓄えができたぞ。ひと休みして、食べたり飲んだりして楽しめ。」 然し神は言われます。
「愚かな者よ、今夜、おまえの命は取り上げられる。おまえが用意した物は、いったいだれのものになるのか。」
人の命は、自分で決めることは出来ません。
40年以上前のことを思い出します。結婚が決まり、母と話をしていました。
母は、牧師なんかで生活できるのか、と心配していました。生活設計、とりわけ出産。育児を気にしていました。何気なく、子どもは数年後のことにして、と話したところ、急に態度を改めました。「おまえは、牧師だろ。この国では、子宝といって、天からの授かりものというんだよ。結婚したら子どもは授かるもの、と考えるんじゃないのかい。キリスト教はどうなんだい」。返す言葉がありませんでした。生まれる、死ぬ、命のことは、人の手にはありません。祝福された結婚、待たれた出産、期待された成長、どれほど多くの命が失われたことでしょう。小樽海水浴場近くの乗用車のひき逃げ事件、四人の若い女性の命が奪われました。好事、魔多し
この夏、9月28日、御嶽山の噴火災害があり、多くの人が亡くなりました。多くの人が悲しみの中にあります。好きな山に登って死んだ人は、いくらか慰められます。これからいろいろなところへ旅行して楽しもう、と考えていた人もいるでしょう。その人にとっても、周囲の人にとっても悲しいことです。救助、捜索に従事した人たちも連日1000人規模、探し出したい、連れて帰りたい、家族の手に引き渡したい、との思いで頑張りました。
警察、消防、自衛隊、地元役場。不明者が残りました。口惜しかったでしょう。
教会へ行くようになった頃、夏の修養会が開かれました。4・5年連続で軽井沢でした。長老さんがご自分の経験を話されました。着ているYシャツを示して、このシミはほんの数年前、この前年、浅間の噴火で危うく生き延びた証しなのです、と話されました。1960年より前のことです。浅間は、4・5年おきに小噴火を繰り返す活発な活火山として有名です。 今回、浅間山の監視体制や、入山規制などは取り上げられませんでした。もっと語られるべきではなかったでしょうか。それとも、ふもとの軽井沢が有名な避暑地であり、有名人の別荘があるので特別扱いされている、とでも言うのでしょうか。
浅間山の噴火(気象庁)、1958年、小噴火、火砕物降下、火砕流。噴火場所は釜山火口。
1958(昭和33)年:10~ 12 月活発に噴火。11 月10 日22: 50 爆発、爆発音の可聴域大、多量の噴石、火砕流、降灰、噴出物総量3.6×105m3、空振による山麓のガラス・戸障子の被害広範囲、爆発地震の震度2(軽井沢町追分)。
1959(昭和34)年:毎月1~十数回噴火し、ときどき降灰。4 月14 日は噴石のため山腹に多数の山火事、関東南部まで降灰。
22節からは、心配するな・思い悩むな、と語られます。パウロは、諸教会のことで心を悩ませました(Ⅱコリント11:28)。テモテはフィリピの人々を心にかけました(フィリピ2:20)。これは大事なことです。教会の交わりは、安否を問うことに顕わされます。互いに、相手のことを心にかけ、心配することです。覚えて祈ることです。
このところで、否定的に語られているのは、物質的な心配に関することです。21節までで語られていたのは、ものに関して貪欲になることでした。こうした貪欲は、本来神が着座する場所に金銀や食い物を立てること、即ち偶像礼拝そのものなのです。
逆転の発想が示されます。
ものを集め、蓄え、豊かになり、さあ長年分の必要を満たすことができる。安心だ。
よくあることです。私たち多くの者はこの時になることを求め、望んでいるのではないでしょうか。財産の確保こそ生命の確保になるという考えから解放されます。
年金を確保すれば、その後の安楽な生涯が保証される、と考えます。現代の常識。
集めるより散らすこと、蓄えるよりも与えること、喜び、楽しみは自分ひとりよりも、多くの人と分かち合うほうが、もっと大きく深いものになります。
わたし達の信仰は、すべての営みの中で、また豊かさの中で神に信頼することを教えます。
私達は、本日、この教会の信徒で、既に天の故里へ帰られた方々と共に礼拝をささげています。ある人は言いました。『地上に残された人々が、亡くなった人のことを記憶しているならば、いつまでも生きているのです。』
私達は、信仰の先輩を、その信仰をいつまでも記憶します。共に生き続けます。一緒に礼拝し続けるのです。彼らも、わたし達も《食い、飲み、わずらうもの》人間でした。
その故に神の憐れみを受け、キリストによる罪の赦しをいただきました。心配性の人間、偶像崇拝に陥りやすい人間、みんな神様は、見守っていてくださいます。
感謝しましょう。